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さて会社法でブログ書いてみよう。

アダムスミスが心の平穏を目指したとしたら会社法上はどう言えるか?
について考えよう。

まず個人事業というのは無限責任である。

つまり負債を負ったら死ぬまで借金。これはアダムスミス的にもよくない。
アダムスミスは心の平穏、借金がないこと、良心にとがめないことを幸福の条件とした。

有限責任は出資のみの責任である。

またマルクス的に考えればそんなかねもってるの資本家だけである。

だから株式会社を歓迎した。


一方で法人という物は法律で定められた物しかできない。
公法人とは国や公共団体のことであり、私法人とは営利企業のことであり、公益法人とは宗教/慈善/学術などの公益である。


そもそも法律で定まっているところが自由じゃない気がするけども。


さて無理矢理、中小企業診断士の勉強を応用してるが詰め込み勉強の続きのようでおもしろくない。

そこでこんな異次元な法律があったらどうか考える。

たとえば奴隷法だ.これは奴隷を持ってる側から見ればたまらない。

ところが個人でも法人でも一人でも雇えば労働保険に入らせなければならない。

法人は従業員一人、個人事業は従業員五人で社会保険に入らせなければならない。


労働者の保護が一応はあるのである。


商号という物がある、会社は必ず、個人は任意.そして一つでなければならない。

個人の場合はまた複数持つことも可能であるが


そして商号を貸すと連帯して責任を負う。


不正目的で他人と誤認される物を使ってはならない。


ただし同一住所/同一名称の物に限られる。


法律という物はずいぶんごちゃごちゃしてややこしい。


だがそれだけ事前に予想して、ルールを決めるゲームだと言うことだ。