資本論 剰余価値 剰余価値学説史  MBA

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現代のアダムスミス型人間大前研一

大前研一の問題解決法を見ていた。
まさにアダムスミス的市場である.完全競争市場なところがどこにもない。
つまり起業はむしろ独占、寡占に向かう方がよいのであり完全競争市場の経営学的実務体系
がないのだから(というかそれはおそらくフォロワーの企業であろう)
それで結果を出せというのである。
ウォルマートに対する批判もどこにもない。生活保護で従業員雇ってる会社はやり過ぎだが
そのやり過ぎを押さえウォルマートのIT流通のすごさは認めなければならないだろう。

市場の会計上の本質はアダムスミス型市場であって完全競争市場はないのである。
完全競争市場にしたければ経営モデルを持ってくることである。

実際のところこういう企業人をどう使って全体利益を上げるか
ということである。だが問題もある。
ミッシ―だが漏れはあるアリストテレスの思考法A=B B=C よってA=C
で表せばすべて素粒子でできているからA=A=Aなのだ。

ということは漏れがないという有体物の条件下という制約があって初めてミッシ―は使える。
男と女は素粒子だが.男と女である。違う。まずこのレベルで考えねばなるまい
素粒子と男と女を分ける物は何なのか?
素粒子の資本蓄積の相転移であろう。

そして足して100になる.この漏れのなさをどうするか。
取り合えず不景気を立て直すとかそういうときは独占寡占なのかもしれない。
しかしそこには確かにパレート効率的ではない何かがある。

また資源か希少なら大前の言うようなやり方では絶対限界がでる.低成長、単純再生産は必須なのだ。それこそ本質である.その中で資本主義が可能ならば資本主義を行い.資源的に無理なら単純生産しかあるまい、その具体的経営制度。
そういう経営コンサルが求められているのではないか。
本質とはそういうことだと思う。

まず資源が希少 素粒子はほぼ無限にあるが、相転移した物は有限である。
それを拡大再生産し続けるにはまず物を作り、サービスを作りアダムスミス型資本主義で行くなら
資源の蓄積の限界が物に来たらサービス、サービスの資本蓄積の限界に来たら単純再生産式会計。
これがまずひとつ

もう一つは、資源を開発することだ。あとアダムスミス型市場を念頭に置いた経済学これは調整学といったらいいだろう.が必要になる。これで一応ミッシ―だが

素粒子レベルまで我々の資源が変わればミッシ―ではない。