資本論 剰余価値 剰余価値学説史  MBA

カールマルクス・トマピケティ、国家公務員情報局 

超能力研究者コンタクト取りたし

異次元解釈というブランド

先ほどはピケティショックですっかりやられました。
ただ反撃しないわけにはいきません。僕はこれから経済ライターも
生活の糧に考えています。情報起業は在庫リスクがないもののブランド
リスクがあるんだと思い知らされました。

ではどうするのか、僕は例えばスタンフォードの博士号を持っているわけではありません。正統な教科書ということは絶対できないというか、大学も大学院も行ってみたいけど資金がショートしてます。

いろいろ経済学オタクをやってきましたが大体学部中級までは正統派モデルを習得できます。その上で異次元解釈ライターとしてみればどうかと思ったのです。ずらした視点であえて正統派モデルを尊重しつつ、異端の意見を素人が履いてみる。ただし、素人の意見なので学問的責任は負わない。問題提起にとどめ王道に対しての奇道とする。奇道ばかり追っていってはおかしくなるから、読むときは必ず正統派の本も読むように呼びかける。このニッチ。

例えば僕はピケティ氏と似た問題意識をずっと持ってまいりました。
つまり資本ということです。カールマルクス資本論にも満足できませんでした。ピケティ氏と僕は同世代です。ベルリンの壁が崩れ歴史の終わりと思ったものです。ただ違うのは、ピケティ氏はアメリカンドリームの成功者だけども、僕は夜中の1時に印刷フィルムを配達する大卒プロレタリアだったということです。でも転職して余暇ができてマルクス等を読みだして、搾取等リアルに経験しながらどうしても納得できなかった。それは陰謀論ではない、しっかりとした伝記のロックフェラーやロスチャイルドを読んでもマルクスで説明できないからです。ミクロ経済学マクロ経済学を学んでみましたが、なぜか資本蓄積や搾取から逃げている。なぜだろう?
ずっとそう思ってました。このブログのSEOが高いのも雑記帳すぎて消してしまいましたが、資本経済学とかグローバル経済問題とかかきまくくっていたからです。その遺産です。

それで資本というものを貨幣資本と手段資本というふうに分けてました。
私はすべての経済は手段資本の歴史だと思います。つまり経営資源です。
例えば普通の読者の方に書きますが、結構人間って、学力、体力、コミュ力の蓄積で説明できませんか? これは手段資本の一つです。
すなわち、私は貨幣以外の蓄積をすべて手段資本と名付けました。
マルクスは貨幣資本主義の「発見者」であると定義しています。
「運動の解明者」ではないと、そして俺を疑うなら研究してくれというのが剰余価値学説史だと思います。そして、市場主義ではなく資本主義、
資本主義だけではなく単純再生産を研究者に研究依頼するレベルまで登らねばダメだと思います。

そこで、異次元解釈として学士レベルで正統派のモデルをあくまで使い、
新古典派も無視できないようなブランドに仕上げていく、これが私の戦略です。私の本が正しいと読むな。問題提起としてみてくれ。そういうスタンスでブランドを作るのです。それなら学問厳密性としての責任は回避し、問題提起力で買っていただく、もちろん正統派理論からも逃げない。
これを私の一つのブランドにしたい。それならお客様の価値にもなるしやりたいことができます。そういう方向でお願いいいたします。皆さんは経済学って何かおかしいと思いませんか?

資本ゲームについては練り直したいのと企業秘密があるんでご報告はしばらくお待ちください。私も金を稼がなければならない宿命ならビジネスとしてそれをやり遂げたい。もちろんそれが公益にもならねばダメです。
再分配もしっかり考えます。

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