資本論 剰余価値 剰余価値学説史  MBA

カールマルクス・トマピケティ、国家公務員情報局 

超能力研究者コンタクト取りたし

アドラーの心理学。水野、資本主義の終焉論について

アドラー心理学はまず実証がない.トラウマがないとかはひどすぎる.目的論はわからなくないが要するに極端なのだ。
目的論も原因論も当然あるだろう.『嫌われる勇気』がベストセラーになった原因は長期にわたる経済不況で心理的ポジティブ解釈のみに重きを置かないとやってられない.何も持ってないことの裏返しだろう。

だがこういう心理解釈をすべて否定しない.ありがたみだとかご縁だとかそういう心理解釈は非常に必要である.実際に何も持ってないときもあるからだ。だが我々はやはり経済的にある程度豊かであるべきだろうし、その上で心理解釈で自分は幸せだと思うのはいいと思う。物質主義だけでは限界がある。

ものと心の調和は重要である。中道を行けと仏教にあるがそういうことだと思う。


あと資本主義の終焉論であるが、私の立場でも経済成長は天然資源の変化系であるから、やはり水野の言うデータが本物だとしてピケティとともに考えると
1先進国では経済成長率が落ちている。

だが
発展途上国ではピケティの資産税などの対策次第でまだまだ終わらない.水野の意見でちょっと気になるのはこういう経済成熟論者が先進国をだけ見て話していることだ。
それは先進国では物はある程度行き渡っただろうが、発展途上国は成長の余地はある。

3だが地球の資源には限界があるのでこのままどこかで拡大再生産をやめなければならない。つまり資本主義をやらないという選択はやはり一つの論点だろう。

4宇宙などに乗り出せれば経済成長の可能性はある。


5やはり問題は資源問題と環境問題。

6ただ水野が資本主義を金が貯まる社会とだけ見ているのは間違いだ。資源や組織も資本であり、私は手段資本と言ってるが、組織や、資源は拡大再生産をやめて単純再生産をしなければならなくても
イノベーションが起こり、そのことを持って資本主義とみる見方も必要だろう。つまり資本主義には
貨幣資本主義的な見方と手段資本主義的な見方が必要だ。つまり貨幣的には拡大再生産を終えねばならないかもしれないが、組織、手段的にはどういう物かわからない。がちがちの伝統社会に戻る可能性もあるが。

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