資本論 剰余価値 剰余価値学説史  MBA

カールマルクス・トマピケティ、国家公務員情報局 

超能力研究者コンタクト取りたし

剰余価値学説から見た古典的マルクス経済学の終わりとアナティカルマルキシズム、ピケティ、水野

はいこんにちは、まずいままでのまとめを行っていきたいと思いますが、

古典的マルキシズムでは価値は労働でした。
ところが剰余価値学説史を研究してみるとそれは重農学派から労働以外の天然価値を見いだすことに失敗した論理的ミスで、天然価値にはダブりがありますが14のカテゴリーまず私は価値の集合を労働L活動D、道具K、心M、技術A、自然N、社会S、権力P、交換E、情報I、廃棄物W、空間S、時間Tがあるということです。
ここから古典的マルクス経済学はすでに成り立たず、彼らの好きな価値形態論もメタ的にこの14の天然価値の上で一瓶のコーラ=一冊の古本という関係が成り立ち、無効。
古典的マルクス経済学での改革は無効となりました。
ただ搾取問題は経済問題の一問題として有効です。
社会的解決策として無効だということです。


一方で近代経済学を取り入れたアナリティカルマルキシズムのクーポン社会主義も原理的にだめです。
なぜなら、株式というものは予算獲得のために行うのであり、その予算をなさない株主に権力がないお飾りになるからです.また株式を加味して現代資本主義は成り立っており、その昨日を抜いて現実に成り立つのかということがあります。


さてピケティのR>G問題は原理的に国際協調政府の資産課税、累進課税が必要で、現実問題として私も賛成です。ただそれはマルクスのいっていることとは全く違います。
それは私の本を買っていただきたいのですが、マルクスのいう搾取が経済成長というのと主流派マクロの経済成長理論のピケティは全く問題が違うということです。


本は売れてませんがこの重要な問題を扱った本が売れないのはいかがかと思い。。。買ってw。



水野和夫の資本主義の終焉論は経済成長が終わることがあり得るのか、そもそも利子率が利潤率なのかということで疑問です。


その上でこのブログではミクロ経済学上行われていた完全競争、一般均衡社会が可能ならば、
すべてがコモディティ化、伝統社会が来る。それが共産主義なのではという議論が浮上してきました。

それをメインに調べながら資本主義における人間解放14天然価値カテゴリーとはなんなのかということです。

経済学にはいろいろありますがミクロ、マクロ、マルクス、新制度派、進化、経営学的経済学、があると思います。
新制度派と進化はゲーム理論を使ったミクロの亜流になると思いますし、マルクスは上記の理由から
無効、ではミクロマクロがただしいかというと違う。企業情報をあまりにブラックボックスとしてきた。それに対して経営学的経済学、マルクス経済学の剰余価値の批判から出た14の天然価値カテゴリーを整理する。果たして人間解放はあるのかというのが今行っている作業です。


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