資本論 剰余価値 剰余価値学説史  MBA
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苦労しろ大学 

ネット大学を目指します とりあえず東洋医学の普及です 鬱・頸椎症 西洋医学で見放された人はどうぞ

ドラッカー参戦、公平な世界の後に。

まずテュルゴーもケネーも資本主義的大農業を支持していた。
ケネーは絶対王政テュルゴーは急進的ブルジョア閣僚だった。

シュマルツは地代のみが国家の収入にした。
クストディは工業にも剰余価値を発見した。

これまでのところをまとめると重農主義か労働価値説のみを取る流れができ、
天然価値、商業価値は身を潜めてしまったのだ。

ピケティに話を移すとクズネッツ曲線は格差縮小の良い知らせだった。
分配の問題を経済の問題に移すことそれがピケティの核心だが、経済とはそれだけだろうか。

公平な分配でも問題はある。

例えば独立起業しても物が売れない。
組織に努めるがつまらない。

まあ、私の本が売れてないのは努力不足のところが大きい。
地代としての集客力も情報力もまだまだだし、中身もまだまだだ。

問題は勤めびととして過ごす層が多いというわけだ。
そこでドラッカーに登場してもらった。

企業の成果から見てみよう。顧客の創造。

これは天然価値と労働価値、商業価値からなる使用価値を持つ層を

作り出すということである


交換価値というものがすでに使用価値である。
それは交換という使用を生みシステムを生むのだ。

果たしてどんなシステムを生むべきか。

だが顧客を生み出すだけでは、足りないと思う。

私は顧客を教育、自主教育するべきだと思う。

価値で作られているものは限りがあるからだ。


マーケティングして顧客の欲望の満足に行く先は破滅しかないのかもしれない。
顧客の欲望に際限が無いなら。

イノベーションして新しいものを我々はどれだけ作れるのか。昔からああものの焼き直しが多いのではないか。

生産性

知識、知識だけで行動できるか。

時間、これはその通りだけれども、時間の犠牲にならないものもあるのではないか

製品の組み合わせ。 純正品だけではなぜいけないのか

プロセスの組み合わせ。純プロセスではなぜいけないのか

自らの強み。弱みは活かせないのか


組織構造の適切さ、組織だけがそんなに大事か。


利益は成果の判定基準だが、それがないと商業価値を持ち得ない。
利益は不確実性に対する保険だが、利益を出す構造そのものが不確実性を出すこともある。
利益はより良い労働環境をもたらす原資である。これは利益だけか。
社会的文化サービスを行う原資である。それを破壊している面もあるのではないか。