資本論 剰余価値 剰余価値学説史  MBA
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ピケティ、前書きと剰余価値説

ピケティ 剰余価値学説史 正統派解説 異端説

スミスリカードの経済学説を先取りしてピケティの議論に備えよう。
スミスは重商主義を批判して、貨幣ではなく、国内の生産力アップが必要だとした。そのためには分業だ。
分業が起きると手段資本は蓄積していく。召使いみたいな不生産労働を止めて
生産性労働をすることをすすめる。労働価値説の基礎を築いた。
水と貨幣のパラドックスというのがあるが、交換もまた使用ではなかろうか。
だが文明が加速すると労働の賃金、利潤、地代を合わせた自然価格になるとした。

だがスチュアート流の市場価格でそれは否定される。いわゆる需給だ。

労働価値説には投下労働価値説と支配労働価値説がある。

投下労働は投入量。支配労働価値説は市場価格で買える労働で稼いだ量。これをスミスは混同していた。



だがスミスが重農主義から影響を受けていたのは間違いない。生産的労働とは自然労働の影響下からきている。

リカードは投下労働価値説をとなえた。
均等利潤率は部門間の差により、資本が移動し均等な利潤率が出るという。
ここで投下労働価値説は等しくなり自然価格になる。

賃金鉄則は生存ギリギリの賃金。


差額地代、一番痩せた土地の投下労働価値説で決まる。


長期停滞論、耕作と人口増加が進むと地代が上昇して、利潤が下がる。


比較優位のあるものに生産を回すと両者の生産量が上がる。



ここで地代論の問題は、商業価値が考えられていない。集客力と情報力が考えられていない点である。

天然価値の制限は長期停滞で考えられてある。

もう一つは天然価値の剰余生産力、つまり生物の成長と道具や機械そのものを

天然価値は剰余価値を与える。

後やはり自然価格に加えてスチュワート流の市価格がシステムを作る。


これが水とダイヤモンドのたとえの、ダイヤモンドの使用価値である。

交換そのものが使用価値なのだ。






ここパオレッティイの剰余価値を見よう。
農業だけが富を創造する。
これは労働だけが富を創造すのと似ているのではないか。
重農主義的天然価値からは生産物として労働、道具、機械、そして天然価値の作用そのものが生まれねばならなかった。


ピケティはリカードの長期停滞の原理が、工業化で止まったことを指摘している。
だが工業化はもともと天然価値がそうできる一形態にすぎない。工業化、農業価値化、様々なーサービス化の天然価値が下がれば停滞は今後もありうる。

それに対抗するには新たな天然価値を探すしかない。


ピケティは生産手段が資本家の手にわたる無限蓄積の定義を今日的でないとしたがそれは、天然価値が有限であれば当然である。



クズネッツの話は勉強不足でわからないが、計量経済学も羨ましい。

スミスらの天然価値をマルクスは否定するが、そこにはゆたな源泉があるのではないか。

我々は交換価値を作り出す、だが交換価値は使用価値の一側面でしかない。